東京高等裁判所 平成9年(行コ)42号 判決 1998年2月19日
控訴人
株式会社東京三菱銀行
右代表者代表取締役
高垣佑
右訴訟代理人弁護士
加藤一郎
同
関沢正彦
控訴人補助参加人
株式会社長崎屋
右代表者代表取締役
井上民雄
右訴訟代理人弁護士
川崎達也
同
佐々木史朗
同
南敦
同
細矢眞史
被控訴人
関東信越国税局長
立石久雄
右指定代理人
中井國緒
外八名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とし、参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成五年五月二〇日付けで控訴人に対してした国税徴収法二四条二項に基づく告知(平成五年六月一日付け通知により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 主文第一項と同旨
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の事実「第二 当事者の主張」と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決九頁一〇行目の「被告」を「控訴人(原告)」と改める。)。
(当審における控訴人の主張)
一 私人間で差押のできない財産を作出する契約も、そこに経済的合理性がある限りは許されるとするのが、最高裁大法廷昭和四五年六月二四日判決(民集二四巻六号五八七頁、以下「昭和四五年最判」という。)及び最高裁第一小法廷昭和五一年一一月二五日判決(民集三〇巻一〇号九三九頁、以下「昭和五一年最判」という。)の判断であり、本件条項もその射程距離内の問題である。そして、次のとおり、本件条項は右各判例に照らし、有効とされるべきものである。
1 手形決済については、その発行事務が煩雑であること、手形現物の授受管理が煩わしいことからこのような手形決済を回避したいという企業ニーズが生じてきた。印紙税の節約のニーズがあることも事実である。この場合、支払側企業は支払日に振込決済することによりこの目的を達することができるが、受取側企業の方は、このような方法では支払日までは資金利用ができないことになる。こうした状況において双方の企業ニーズを満足させるために生まれたのが本件契約であって、譲渡担保形態でいうならば、本件契約は、手形の譲渡担保と何ら変わりはなく、手形の譲渡担保以上でも以下でもない契約関係を作出したにすぎない。そのためには、本件条項を入れることによって滞納処分を排除し得て、初めて第三者に対抗できる担保権を設定したといえるものであり、これによって従来認められていたと同様の程度まで銀行の地位を確保することが可能となるのであるから、本件条項は合理的なものである。
2 法は、譲渡担保に関しては、質権や抵当権などの法定担保権とは異なり、担保権者に有利な取扱いをしている。すなわち、質権や抵当権は、租税の法定納期限と設定の前後によりその優先関係を調整しているのに対して、譲渡担保は、法定納期限前の設定について譲渡担保権の優先を認めるほか、法定納期限後の設定であっても、まず設定者の財産について滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められる場合に限り、譲渡担保財産から徴収できるとされ(法二四条一項)、徴収する場合でも譲渡担保権者に対し告知をしなければならないこと(同条二項)等同条の要件が必要であり、さらに、手形その他政令で定める財産については二四条の適用を排除している(法附則五条四項)。これらの規定の背景には、国税の徴収と譲渡担保権の調整について、他の法定担保権とは異なり、当事者が譲渡担保とした意図をより保護し、ひいては中小企業者の金融の途をひっ迫させまいとする立法者の配慮がある。
本件条項についても、法の規定の仕方を考慮すれば、有効性を肯定すべきである。
3 法附則五条四項が、手形の譲渡担保について法二四条の適用を排除したのは、右に述べた中小企業者への金融をひっ迫させないためと、手形割引との対比からである。そして、本件契約は、手形割引や手形の譲渡担保と実質は変わらず、その機能も中小企業金融の円滑化にあるから、本件条項の有効性を認めることが、法の趣旨を生かすものである。
4 租税は正常な経済取引の上にのってその中から適正な形で賦課・徴収すべきであり、租税によって正常な経済取引を阻害したり、正常な経済取引を歪めて、効率の悪い方式を取らざるを得ないようにすることは極力避けるべきである。故意に脱税を図る意図をもってされる場合は別として、正常な経済取引を円滑に進めるために外見上は租税回避とみられる方式がとられたとしても、租税の賦課・徴収は控えるべきである。そして、本件条項は、手形を用いた金融形態を手形を用いない方式にするため、手形の譲渡担保と同等の効力を持つ約定をしたものであって、故意に租税回避をしたものではないから、無効とされるべきではない。
5 相殺予約の対外的効力を認めた昭和四五年最判は、その契約の合理性とともに、そのような約定の公知性も根拠としていると解される。そして、昭和六一年一〇月以来、本件契約による決済制度は、銀行界・産業界においては一つの金融・決済システムとして定着しており、被控訴人も、本件条項に従って金融取引が行われていることは十分承知している。このシステムの開発に当たっては大蔵省当局との話合いを経ているし、昭和六一年五月二四日付け大蔵省銀行課長口頭指導、下請代金支払遅延等防止法・独占禁止法に関連して昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局長通達、同日付け取引部長通知、平成四年四月三〇日付け大蔵省銀行課長・中小金融課長発事務連絡等が出されており、いずれも本件条項に基づく一括支払システムの導入・定着を前提とした通達等となっており、本件条項は、一般に公知の内容となっているものである。
二 法は、譲渡担保権の実行の完了時期については、何ら手当をしていない。また、譲渡担保の実行時期について定める実体法・手続法も存在しない。そして、本件条項は、告知が発せられたときは、代金債権による代物弁済が完了し、告知到達時には代金債権は譲渡担保財産ではなくなっている旨の約定である。法二四条は国税と譲渡担保権の優劣を規定するものではあるが、当事者の合意により譲渡担保の実行が完了し、既に譲渡担保財産ではなくなっているものについてまで、告知処分ができる根拠とはならない。したがって、法には何らの定めがないのであるから、当事者が合意した本件条項の効力を否定して告知処分ができるとすることは、租税法律主義に反する。
第三 証拠
本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するところ、その理由は、次のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張に対する判断)
一 控訴人は、私人間で差押のできない財産を作出する契約も、そこに経済的合理性がある限りは許されるとするのが、昭和四五年最判及び昭和五一年最判の判断であり、本件条項もその射程距離内の問題であると主張する。
しかし、昭和四五年最判が、相殺に関連した事案についてのものであって、法二四条五、六項との抵触の有無が問題とされている本件とは事案を異にしていることは、前記引用に係る原判決の理由のとおりである。
すなわち、昭和四五年最判は、旧国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号による改正前のもの。以下同じ。)による滞納処分としての債権の差押及びこれに伴う法定取立権の制度は、強制執行による一般の債権の差押及び取立命令の制度とその実質において異ならないことから、それが第三債務者の相殺権に及ぼす効力についても、国税滞納処分であること又は旧国税徴収法に基づく法定取立権であることの故に、ことを別異に取り扱うべき実定法上の根拠はないことを前提として、その差押が第三債務者の相殺権に及ぼす効力についても、民法の相殺に関する規定の解釈の問題として考慮すれば足りるとされ、結局、民法五一一条の解釈として、相殺に関する合意が契約自由の原則上有効とされたものであり、あらゆる場合について、私人間で差押のできない財産を作出する契約を有効とするという趣旨であるとまで解することはできない。
一方、相殺及び譲渡担保についての法の態度を検討するに、成立に争いのない乙第三号証によれば、法の制定(昭和三四年法律第一四七号による改正)に先立つ昭和三三年一二月の租税徴収制度調査会の答申は、「租税の徴収については、古来各国において一般債権と異なる特殊な制度がとられてきた。その第一は租税徴収に対する自力執行権の附与であり、第二は租税に対する一般的優先権の承認である。……われわれは、上記の二つの原則が国家の財政力を確保する上にやむを得ない必要性を有することを認めた。」とした上で、租税徴収の確保と私法秩序の尊重との調整については、「第一に、近代担保制度における公示の原則と租税の有する上記の特質とを対比して考慮するときは、租税と担保付債権との優先劣後を決定する時期を、納税者の財産上に担保権を設定する第三者が、具体的に租税の存在を知ることができる時期とすることによって、両者の調整を図ることが少なくとも現状においては妥当な措置である。第二に、すべての担保制度が租税の徴収の面から、できる限り同一の取扱を受けることが望ましいものであるから、先取特権又は留置権についてもそれに応じた効力を認めるとともに、譲渡担保等についてはそれに応じた効力の制限を附することが適当である。」とし、租税と相殺については、「租税の滞納処分により債権が差し押えられた場合において、その債権の第三債務者が相殺をもって徴税機関に対抗できるかどうかについては、かつては、租税の優先徴収権との関係において対抗できないこととされていたが、最近においては、少くとも双方の債権が相殺適状となっている限り、対抗できるものとされている。相殺が実質的に担保的機能を営むことから、受動債権に質権が設定された場合と権衡をとり、租税の優先徴収権が相殺により害されることのないようにすべきであるとする考え方もあるが、相殺による担保的効果を他の担保と同一視することには疑問があるから、租税との関係において法律上特別の規定を設けることは適当ではないと考える。」との内容であったことが認められ、右事実を参酌すれば、法は、相殺による担保的効果を他の担保とは同一視せず、租税債権も相殺との関係では一般の私法上の債権と同一の立場にあるとしたのに対し、譲渡担保については、租税の優先徴収権の確保という観点から、国税債権について特別の地位を定め、譲渡担保権の効力を他の担保権並に制限するという考え方を採用したものと解される。
したがって、国税徴収に関し、譲渡担保権の効力を制限する規定である法二四条との抵触が問題となる本件は、昭和四五年最判とは事案を異にするというべきである。
また、昭和五一年最判も、同様に民法五一一条の解釈に関するものであり、やはり法二四条との抵触が問題となる本件とは事案を異にするものである。
なお、念のため、控訴人が本件条項について、右各判例に照らして有効とされるべきであると主張する理由について検討するに、控訴人の主張は、次のとおり理由がないものである。
1 控訴人は、本件契約が、手形の譲渡担保と何ら変わりはなく、手形の譲渡担保以上でも以下でもない契約関係を作出したにすぎないとして、これを前提に本件条項が合理的であることを主張する。
しかしながら、本件契約は、手形の譲渡担保ではなく、当事者がこれとは異なる法形式を選択しているのである以上、これを手形の譲渡担保と同様であるとか、何ら変わりはないということはできない。また、本件契約によれば、契約当事者の事務負担が軽減される上、支払側企業は支払手形に貼付する収入印紙の印紙税、受取側企業は領収書に貼付する収入印紙の印紙税が不要になるのであって、本件契約の当事者は、手形の譲渡担保とは異なる法形式を選択したことによる利益を享受しているのであるから、本件契約は、実質的にも手形の譲渡担保とは異なるものというべきである。したがって、控訴人の右主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
2 また、控訴人は、法が、譲渡担保に関しては、質権や抵当権などの法定担保権とは異なり、担保権者に有利な取扱いをしていることを前提として、本件条項の有効性を肯定すべきであると主張する。
しかし、法二四条は、私法上は財産の移転という法律形式が取られる譲渡担保財産についても、それが実質的に担保権であることに着目して、他の担保権と同様の取扱いを及ぼそうとするものであり、私法上は財産の移転という法律形式が取られていることによる制約があること以上に、他の担保権と異なりことさら譲渡担保権者を保護しようとしたものと解することはできないから、同条の規定以上に、譲渡担保権者を保護する理由はない。控訴人の右主張も失当である。
3 控訴人は、法附則五条四項が、手形の譲渡担保について法二四条の適用を排除したのは、中小企業者への金融をひっ迫させないためと、手形割引との対比からであることを前提に、本件契約は、手形割引や手形の譲渡担保と実質は変わらず、その機能も中小企業金融の円滑化にあるから、本件条項の有効性を認めることが、法の趣旨を生かすものであると主張する。
しかし、法附則五条四項が手形の譲渡担保について法二四条の適用を除外した趣旨が中小企業者への金融をひっ迫させないためであると解することはできない。かえって、弁論の全趣旨によれば、同条項の趣旨は、手形の譲渡担保は、多数の小売商の手形を問屋が格別に銀行に手形割引を依頼する代りに、これらの手形をまとめて担保として資金の融通を受ける場合に用いられるところ、このような方法は、これらの手形の支払者の資力も必ずしも十分ではないため不渡を生ずる例も少なくなく、個々に手形割引をすることによる煩を避けるために行われ、また、手形担保による貸出も通常の割引とほぼ同様であるが、これらの手形のために金融機関に物的納税責任を負わせるとすれば、煩をいとわず手形割引の方法がとられることが考えられ(手形割引は通常手形の売買とされているから、手形割引がされる限りは、割引を受けた者の滞納税金についてその手形に追究する方法はない。)、その結果、徴税官庁も徴税の実益がないだけではなく、金融機関も、また、割引を依頼する者も徒らに手数を増すだけのことになってしまうので、手形を譲渡担保とするものについては、法二四条の規定の適用を除外した、というものであることが認められる。のみならず、本件契約が手形割引や手形の譲渡担保と実質的にも異なることは前認定のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
4 控訴人は、故意に脱税を図る意図をもってされる場合は別としても、正常な経済取引を円滑に進めるために外見上は租税回避とみられる方式がとられたとしても、租税の賦課・徴収は控えるべきであることを前提として、本件条項は、手形を用いた金融形態を手形を用いない方式にするため、手形の譲渡担保と同等の効力を持つ約定をしたものであって、故意に租税回避をしたものではないから、無効とされるべきではないと主張する。
しかし、ある取引等が租税法の賦課・徴収の要件を充足していれば、賦課・徴収を控える必要はないのであって、正常な経済取引を円滑に進めるためであるか脱税目的であるかというような当該取引の当事者の主観的意図は問題にならないから、控訴人の主張は失当である。のみならず、本件条項が、手形の譲渡担保と同等の効力を持つ約定をしたものにすぎないとはいえないことは、前認定のとおりであるから、控訴人の右主張は、この点でも理由がない。
5 さらに、控訴人は、昭和六一年一〇月以来、本件契約による決済制度は、銀行界・産業界においては一つの金融・決済システムとして定着しており、被控訴人も、本件条項に従って金融取引が行われていることは十分承知している、このシステムの開発に当たっては大蔵省当局との話合いを経ているし、昭和六一年五月二四日付け大蔵省銀行課長口頭指導、下請代金支払遅延等防止法・独占禁止法に関連して昭和六〇年一二月二五日付け公正取引委員会事務局長通達、同日付け取引部長通知、平成四年四月三〇日付け大蔵省銀行課長・中小金融課長発事務連絡等が出されており、いずれも本件条項に基づく一括支払システムの導入・定着を前提とした通達等となっており、本件条項は、一般に公知の内容となっているものであると主張する。
しかし、相殺予約の対外的効力を認めるについての、そのような約定の公知性は、第三者に対する公示の根拠となるものであり、私法上の取引関係者は、右公知の約定を前提として取引に入ることを期待し得るものである。これに対して、本件においては、国税債権について特別の地位を定める法規である法二四条との抵触が問題となっているのであって、本件条項が公知であったとしても、国税債権者はそれを前提として取引関係に入るのではないから、本件条項が公知であることは、本件において、国税債権者に対して効力を認める根拠とはならない。
のみならず、成立に争いのない甲第一八号証、乙第四号証、第八号証の一、二(一は原本の存在と成立に争いがない。)によれば、右昭和六一年五月二四日付け大蔵省銀行課長口頭指導、昭和六〇年一二月二五日付け公正取引委員会事務局長通達、同日付け取引部長通知は、いずれも本件条項が考案される以前のものであって、本件条項を含まない一括支払システムに関するものであること及び平成四年四月三〇日付け大蔵省銀行課長・中小金融課長発事務連絡も右昭和六一年五月二四日付け大蔵省銀行課長口頭指導の内容を確認し、文書化したにすぎないことが認められ、右指導、通達等を根拠に本件条項が一般に公知の内容となっているということはできない。
二 控訴人は、法が、譲渡担保権の実行の完了時期については、何ら手当をしておらず、また、譲渡担保の実行時期について定める実体法・手続法も存在しないから、当事者が合意した本件条項の効力を否定して告知処分ができるとすることは、租税法律主義に反すると主張する。
しかしながら、本件条項のような私人間の合意を法が許容しているということはできず、本件条項が法二四条に違反することは前記引用に係る原判決の理由のとおりであり、これについて控訴人が国税債権者との間で、右合意の効果を主張できないため、国税債権者が法二四条に基づいて控訴人に対して物的納税責任を追及するとしても、それは同条の規定による効果であるから、租税法律主義に反するということはできない。控訴人の右主張も失当である。
第五 結論
よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官筏津順子 裁判官山田知司)